ここまで、「お金の利用者」のお金は「お金の発行者」が利用者に貸し出す時にのみ増えることを見てきました。 その点に留意しながら、ここではお金が増えるのか増えないのか一般的に紛らわしい取引の例を見ていきます。
まずは政府がお金を借りる場合です。 あらためて、誰かが銀行からお金を借りないと全体のお金は増えないのですが、その誰かには「政府」も含まれます。 企業が銀行からお金を借りれば全体のお金が増えます。一方、ある企業が別のある企業からお金を借りても全体のお金は増えません。 この関係は、企業を政府に置き換えても全く同じです。 政府が誰かからお金を借りるとは、政府が発行した国債を誰かが引き受ける、ということです。 国債を銀行が引き受ければ全体のお金が増えます。 これは「お金の発行者」である銀行が「お金の利用者」である政府にお金を貸したということだからです。 一方、企業が国債を引き受けても全体のお金は増えません。 これは「お金の利用者」同士の取引に過ぎないからです。 ときどき「国債発行でお金が増える」と言われることがありますが、これは半分だけしか当たっていません。 正確には、国債を銀行が引き受けた場合にのみお金が増えます。
【補足】さらに言うと、銀行が国債を引き受けただけではマネーストック(民間部門のお金)は増えません。 政府がそれによって調達したお金を民間部門に対して使う(財政支出)ことで、はじめてマネーストックが増えます。
なお、中央銀行が国債を直接引き受けることは原則として禁止されています。これは先進各国で共通のルールです。
続いて、銀行以外の金融機関との取引です。 誰かが銀行からお金を借りれば全体のお金が増えますが、銀行以外の金融機関との取引では全体のお金は増減しません。 「預金創造」は銀行だけの特権であり、銀行以外の金融機関はお金を作り出せないからです。 たとえば個人がノンバンクからお金を借りても全体のお金は増えません。 また、保険会社から保険金を受け取っても全体のお金は増えません。 いずれも「お金の利用者」間でお金が移動しているだけです。
個人や企業が株や債券を売買しても利用者全体のお金は増減しません。 それを仲介する証券会社は手数料等の収入を得ますが、証券会社も「預金創造」はできません。 よってこの場合も、個人や企業と証券会社との間でお金の移動が発生するだけであり、全体のお金は増減しません。 一方、たとえば銀行が社債を買うような場合は、銀行から企業への貸出(=預金創造)となり利用者全体のお金が増えます。
世界的な株価暴落が発生すると、経済誌等でよく「云十兆円分の時価総額が消失」といった表現がなされます。 では、お金は本当に消えて無くなったのかというと、直接的には無くなっていません。 株価が下がるのは買う人よりも売る人が多いからであり、売った人はその分のお金を手に入れます。 結局、株式に集中していたお金が、売り逃げた人たちに一斉に移動しただけで、利用者全体のお金の量は変わりません。 これは株式に限らず、対象が不動産であっても債券であっても同じことです。 一方、借金で株を買っていた人が銀行に借金を返済すると、その時点で全体のお金が減ります。
最後に、現金の引き出しや預け入れは、お金の種類を交換しているだけです(参照:1-3. 現金に先行する預金)。 これらの行動では、やはり利用者全体のお金の量は増減しません。
くり返しになりますが、利用者全体のお金が増える唯一のルートは銀行からの貸出です。